ご挨拶

このパラディオ式の建物はラドクリフ・カメラと呼ばれており、オックスフォード大学の図書館の一部である。オックスフォードの街の中心に位置し、高名な医師であったジョン・ラドクリフの遺言に基づき彼の遺産を遣って建設された。カメラとはラテン語で「アーチ型天井(の部屋)」という意味だ。コリン・デクスターの推理小説をもとに、世界中で人気を博したテレビシリーズで、私の大好きなジョン・ソウが演じる「主任警部モース(Inspector Morse)」にも頻繁に出てくる建物である。この建物を眺めると、オックスフォードに戻ってきたなとしみじみ感じる。戻れるものなら、オックスフォード大学で学んだ頃に戻りたいと思わせるのもこれら建物群である。

ご挨拶

院長写真

 

グローバルという言葉には、中心国がすでに優位に立つ分野に彼らのルールで他国を参加させ、その優位性を拡大するといった響きを感じ取ってしまうので、国際化という言葉が耳に優しいのだが、近年、国際化に代わりグローバリゼーションという言辞が流布するようになった。
 グローバリゼーションという言葉が引用され始めたのは年代的には古く、1960年代にマクルーハン(Herbert M. McLuhan)が唱えた「グローバル・ビレッジ」の概念からと言われている。マクルーハンはグローバル・コミュニケーション・ネットワークにより世界が一つの地球として結ばれると示唆した。一方、社会現象としてのグローバリゼーションは経済の領域から始まったとされるが、コミュニケーション技術の進歩、情報テクノロジーや輸送手段の目覚ましい発達が時間と空間を圧縮し、多くの国が国際コミュニケーション・ネットワークにアクセスできるようになり、船や飛行機で求めた学びも自国の自室に居ながら手にすることができるようになった。グローバリゼーションは、「経済,政治,社会,対人関係,テクノロジー,環境,文化」といった領域を複合的に結合していくのである。
 しかし、メリットのみではない。グローバリゼーションの進展の結果、世界が直面する問題が我々に重大な帰結をもたらすという事態をも引き起こした。世界を富裕国(富や所得,資源,消費が集中)と貧困国(貧困,栄養不良,疾病,対外債務)とに容易に二分化してしまったグローバリゼーションは、結果的に世界を勝者即ち受益者と敗者即ち拠出者とに分断したのである。
 そもそもグローバリゼーションの大きなうねりをローカルな文脈の中で知識として概念化するだけであった日本や日本の大学が、グローバリゼーションという舞台の中で一定の役割を演ずることができるのであろうか。
 上智大学長であったカリー(William Currie)は、国際的に貢献できる人物とは①国際感覚、②創造性と専門知識、③学際的統合、④文化的アイデンティティーの4点が不可欠であるとし、その上でこれら4点を統括するために、⑤「しっかりした倫理的な価値観と道徳的な判断力を有した人物を育成すること」が重要であるとした。ちなみに、⑤はイギリスのパブリック・スクールの教育の根幹でもある。
「正直であれ,是を是とし、非を非とする勇気をもて,弱者をいじめるな,他人より自由を侵さるるを嫌うが如く他人の自由を侵すな」と、教師が少年に教えるパブリック・スクールの自主・自律の中に具現される自由を大切にしながら、人間一人一人がかけがえのない人格を持つとする「個」を基盤とし,「個」を尊重することこそが国際社会への一歩であることを我々は再確認し、我々RIJUEは、固定観念に捕らわれず、力や権威主義に屈することなく、真の国際教養人を育てる支援ができればと願うのである。

註:グローバリゼーションとは何かについて数多くの定義や解釈があるが,バーバルズとトレスの見解(Burbules & Torres, 2000)をまとめると,グローバリゼーションとは下記の4点を包含するものとなる。
①その決定が政策の立案や強制につながる,超国家的な社会システム
②世界の経済過程に対する圧倒的な影響力
③世界の文化,メディア,通信技術の新たな出現
④実感できる一連の変化。政治家が変化への支持を訴え,反対の声を抑え込む時に使用する考え方 


プロフィール

[名前]
秦 由美子(はだ ゆみこ)
Cheer Associate
[社会活動]
国立教育政策研究所・国際シンポジウム運営委員会委員
大阪大学国際交流委員
大阪大学の国際化推進のためのFDワークショップ実施委員
広島県総合計画審議会委員(広島21世紀将来ビジョンの策定)
IDE中国・四国運営委員会・常任理事
学事暦の多様化とギャップタームに関する検討会議委員(議長:下村博文氏)
日本学術振興会・大学教育再生加速プログラム(AP)審査委員(現在に至る)
国立大学協会・政策研究所運営委員会委員(現在に至る)
イギリス研究会会長(Agora Bretannika:会長)(現在に至る)
[代表的著書]
『パブリックスクールと日本の名門校』(2018)平凡社新書、『イギリスの大学』(2014)東信堂、『女性へ贈る7つのメッセージ』(2012) 晃洋書房、The Big Bang’ in Japanese Higher Education (2003)Trans Pacific Press、『変わりゆくイギリスの大学』(2001)学文社、「イギリスの大学の管理運営と組織文化」『教育学研究』(2009)日本教育学会。
[略歴]
大阪市生まれ。お茶の水女子大学卒業後、アメリカ大使館勤務。その後、オックスフォード大学で修士号、東京大学で博士号(教育学)を取得し、大阪大学准教授を経て現在広島大学教授。2015年に日英欧研究学術交流センター(Research Institute for Japan, the UK, and Europe: RIJUE)を立ち上げる。「NHKクローズアップ現代〜人生に寄り道を」(2013年5月21日)、日本テレビ系列「月曜から夜ふかし」(2016年7月25日)に出演.日本テレビ放送網(株)「世界まる見え!テレビ特捜部」においてイギリスについて監修(2016年5月23日)。

国谷裕子キャスター と 秦由美子教授