英国のEU離脱および英国大学への影響 Dame Julia Goodfellow

2016年10月27日 於: 広島大学

本日ここでお話しさせていただくことができ、大変うれしく思っております。広島にお招きいただいた越智光夫学長に心より感謝申し上げます。今回の訪問では優秀な貴大学の日本国内外での素晴らしい功績から多くのことを学ばせていただいております。

貴大学が日本の「スーパーグローバル大学」のひとつに選ばれましたことを心よりお祝い申し上げます。このように日本政府が率先して国際化を促進していることは非常に素晴らしいことだと思います。私は、研究分野における国際的な協力は、私たちが抱えている共通の問題をより良い解決へと導いてくれるものに違いないと信じております。そして国際的な繋がりを持つことにより、学生たちはこれから生きていかなければならない世界への理解を深めることができるのです。当然のことながら、ケント大学でも国際化に非常に力を入れております。

本日私は、2016年6月23日に英国で実施された国民投票の結果が招く、英国の大学への影響についてお話するよう依頼されています。国民投票の結果は、Brexit(英国のEU離脱)という言葉で広く知られています。まずは英国における大学セクターの健全性という一般的な観点から私の見解を述べたいと思います。

世界大学ランキングには欠陥があることは認識していますが、これまで英国の大学は自国民の力だけでは成し得なかった輝かしい結果を収めてきました。たとえば、最近Times Higher Education で発表されたランキングでは、トップ10の中に英国の大学が4校もランクインし、世界ランキングに掲載された大学数ではアメリカに次いで2位の座を獲得しました。もちろん日本も強豪を相手にしながら、ランキング入りした大学数では英国に迫るほどの勢いでした。

英国の高等教育システムが世界クラスになれたのは、少なからず、外に目を向けてグローバルに活動ができるという現状のおかげであると思います。英国は国際的に渡り歩く学生にとって2番目に人気の場所でもあります。研究の質が世界的にもトップレベルであることは、国際的な引用数の多さが物語っており、このことが英国を拠点とした研究の魅力ともいえます。英国に来る国際的な研究者たちは、人間の知識を豊かにしてくれるだけでなく、彼らが持ち込んでくる新しい見識によりその研究機関をも成長させてくれているのです。将来、いかなる問題が起ころうとも、そして恐らくそれが大きな問題になるであろうことはわかっているのですが、この、世界に目を向ける姿勢は変わることはないですし、英国の大学は世界で知識・理解を探究するための活気ある拠点として貢献し続けることでしょう。

話をBrexitに戻します。皆さんに言うまでもないことかもしれませんが、独立心の強い研究者たちの間で意見の一致を得るのは時として難しいものがあります。それにもかかわらず、世界に目を向けているので(そして実は他にももっと現実的な理由もあるのですが、それはまた後で述べますが)英国の大学は英国にはEU加盟国であり続けてほしいと全員一致で思っていたわけです。私たちの多くがEU残留に向けて熱心に活動していたのですが、特に学生たちには投票者登録・投票するように奨励してきました。この国民投票で運命を左右される若い有権者たちは圧倒的にEU残留の方に投票したという事実は言及するに値するでしょう。YouGov出口調査では18~24歳の人たちの75%が残留に票を投じたと発表しています。また7月24日のYouthsightの調査では投票した学生の85%がEU残留を支持したと伝えました。ですので、EU国民投票の結果は大学が望んでいたものではないということになります。

皆さんの中に英国の法律に詳しい方がいらっしゃるかもしれませんが、あまり馴染みのない方のために重要なポイントを説明いたします。こちらが6月23日の国民投票での正式な条項勧告書に載っていたものです。新政府はこの勧告を実施すると言っていますが、Brexitに向けてこれらのオプションのうち、どれが政府に採用されるのかまだわかっていません。EU離脱の手順はリスボン条約第50条に制定されています。最近、首相は第50条は2017年3月までに発動されるとの見解を示しました。ということは離脱までにあと2年あるということです。この期間は残りの27のEU加盟国全員の賛成があれば延長が可能です。

現在のところ、政府はまだ離脱交渉に向けてどうすべきか模索しているところです。非常に多くの機関や組織が政府に提案をしていて、彼らが入手可能なベストな根拠に基づいて最終的な結論を出そうと考えているからです。これに関連して、日本政府は特に配慮ある細やかな評価をしてくれたと心に留めています。ケント大学のカウンシルの議長であり、前駐日英国大使のディビッド・ウォレン卿(Sir David Warren)の言葉を是非ここで引用させていただきたいと思います。

「日本の分析は前向きなものであり、EU離脱後の英国にとって何がいちばん大切であるか重要な指針となりました。つまり、英国が世界から『ビジネスにオープンであること』だけではなく、世界の一流投資家が共にビジネスをしていきたいと思うような国であることが期待されているということです」
大学も政府のように国民投票の結果を受け入れ、その方向に向かっています。離脱は複雑で長々と続くプロセスになりそうですが、我々は政府と協力して、英国が海外投資家たちにとって、そして海外からの学生や研究者にとって、経済的にも社会的にも魅力ある国であり続けるよう努力していくつもりです。すでに私たちはこの目標に向かってどうするべきか、ごく自然に自分たちの意見を出すようになりました。政府は離脱後に大学に降りかかる様々な課題をしっかりと認識し、また大学の成功のためには国際的な協力が不可欠であることも理解しています。

我々は特に、政府に対して次の4つの重要課題へのサポートをお願いしています。

① まず、ヨーロッパおよび世界規模の国際的な研究の連携を強化することです。
② 次に、海外の学生や研究者が英国を目指して来るような魅力ある国にするため、方針を立てることです。これは移民政策改革も含みます。
③ 3番目に、人的流動プログラムを強化することで、英国の学生や研究者に海外に渡航するチャンスを増やすことです。そして最後に、
④ 研究開発およびイノベーションへの公共投資を増やすことです。

同時に、これらは英国の経済にも利益をもたらしますし、もちろん社会にとっても良い影響となります。そして英国は引き続き国際的なリーダーとしての役割を果たしていけるのです。

それから、もう一つ新政府が高等教育セクターと協力してやっていきたいと示唆したことがあるのですが、それは産業戦略の伸展です。

政府の省での責任の振り分けが大きく変わったところがあるのですが、大学研究の財政支援の責任を担う大臣が兼任して産業戦略の責任も負うことになりました。もちろん大学も、それ自体が重要なビジネスであることは言うまでもありません。高等教育は年130億ポンドを超える輸出収入に貢献していて、政府はその額を2020年までに教育セクター全体で30億ポンドまで増やすという目標を立てました。教育セクターは英国のGDPの3%近く貢献していて、75万人以上ものフルタイム雇用を生んでいます。換言すれば、もし英国の全ての大学が同じ市に拠点を持てば、国内で5番目に大きい都市経済となります。

大学は責任を負い、経済成長を支え、雇用を創出し、生産性を向上する義務があります。当然のことですが、私たちは国に強くなってほしいと願っており、それを実現させるためには喜んで自分たちの役割を果たそうと思っています。そして我々の役割は経済だけに留まりません。もっと広い意味で、文化的な恩恵や、社会的利益などを通じて、これまで社会が大学からいかに恩恵を受けてきたか、何千もの顕著な事例が証明しています。

現在、我々大学が直面している課題について話を戻します。まず、EUの学生たちにとって魅力ある快適な環境を作り続けていくことが課題の一つに挙げられます。

英国の大学は国際的な理念を持っています。今でもヨーロッパの学生を多数、およそ12万5000人受け入れています。国民投票の結果が出た後、ジョー・ジョンソン大臣がすぐに、EUの学生たちは現在の学年で引き続き学生ローンを受けることができると再度確認しました。これが来年度も適用されることを再確認する必要はありますが。またEUは英国の学生の他のヨーロッパの国への渡航をサポートしています。しかしこういった取り組みはそれほど大したことではありません。英国の学生たちをもっと海外に行くよう奨励していくことが大事だと思います。もちろんヨーロッパ圏に限らずもっと広い範囲を目指しています。そして私は、Universities UKがロンドンで日本大使館の職員たちと英国の学生を日本に留学させる機会をつくろうという取り組みについて有意義な話し合いをしたと聞き、嬉しく思いました。

我々は英国の世界レベルの高等教育セクターのためにできるだけ多くのサポートをし、優秀な学生や職員を引き付けるよう、これからも強く要求していくつもりです。Brexit側は日本のように高度先進国で友好的な国でも他のEU国と比べると不利な立場にあると指摘しています。移民政策に関しては厳しいビザの条件が必要であることは当然理解していますが、純粋に学びたい学生や研究者たちは喜んで迎えるべきであり、英国の経済や社会にも有益な貢献をしてくれるという根底にあるメッセージを強く発信していかなければなりません。そしてそれぞれの大学レベルでは、学生たちが卒業する時、彼らが学校の同窓生ネットワークを積極的にサポートしてくれ、英国の高等教育の利益のために宣伝してくれるように、学生を受け入れることは実用的な効果につながるのだということを認識して取り組む努力を更に重ねていかなければなりません。

全ての大学にとっての課題は、現在加盟しているエラスムス計画です。これは日本には直接影響ありませんが、EU以外の国からも参加するチャンスが少しあります。これについても政府に強く訴えて、EU離脱後もこの計画に参加し続けることができるようにしたいと思います。たとえば、ノルウェーやイスラエルは現在も参加可能です。しかし今後、新しくもっと大きなプログラムができるかもしれません。私は新政権に、たとえば日本人学生がJunior Year Abroadプログラムでケント大学に来るのを今後もっと簡単にするといった取り組みを期待しています。

私は先程、英国に来る優秀な外国人研究者が膨大な利益を英国にもたらしてくれると述べました。4万3千人―すなわち教員の14%が英国以外のEU国から来ています。ケント大学の場合は22%がそれに相当します。そして全体では、教員の25%が海外出身です。ケント大学では40%が外国人です。大学にとって、さしあたっての懸念は、無理もないことですがEU出身の教職員の間で不安が広がっているので、なんとかできないかということです。政府は早急に彼らの今後の立場を明確にするべきです。一方で大学は未だはっきりしていない今の時点でできるだけ彼らを安心させ、サポートしていくべきだと思います。ケント大学では、一般的な法律アドバイスの提供をするセントラルインフォメーションポイントを設けています。それから国籍取得を希望する教職員とその家族にはローンも提供できます。国全体では、簡単な行政措置や、前向きな発言をすることで、教職員たちが歓迎される存在であることを保証し続けるべきです。

国民投票の前までは、英国がEUに入っていることの恩恵は主に研究部門が受けていると大学セクターは強く主張していました。これはお金に関するものだけではありません。お金も決して無視できませんが。ホライズン2020(EUによる800億ユーロ規模の研究開発計画)のもと、我々は毎年、英国の研究審議会の財政支援を上回る額の補助金を受けてきました。しかしもっと重要なことは、国際的な研究アジェンダ設定を援助するための枠組みが存在することです。ただ将来的にはこの枠組みはEU内と同じようには利用できなくなるかもしれませんが、国際的な研究提携には特別な基準を必要とし、英国が全面的に関わっていかなければならないことを明確にする必要があります。

ですから、ヨーロッパやその他の国との大学研究提携のための強固な基盤を築くために、気持ちをさっと切り替え、EUから外れてどんな選択肢が実際に可能であるのか目を向けていかなければならないのです。今はまだはっきりとした未来を描くことはできませんが、海外の大学と話し合う機会をなるべくたくさん持つことは重要だと思います。

そしてEU離脱で日本と提携をする新しいチャンスが生まれることを願います。私たちは既に強いつながりを築いており、そのことには深い感銘を受けています。すなわち、

• 日本の研究提携の国際パートナーとして英国は4位であること(米国、中国、ドイツに次いで)。
• 2010年から2014年におよそ1万5千もの共同執筆論文が発表されたこと。
• 毎年8千人以上の研究者が英国と日本を行き来していること。英国と日本の共同執筆研究のレベルは高く、世界平均の3倍以上も引用されています。
• 日本の主要な公的研究費出資機関である日本学術振興会(JSPS)と国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)はヨーロッパ・オフィスをロンドンに置いていること。
• EUからの出資による提携がとても強いこと - FP7(第7次欧州研究開発フレームワーク計画)で日本は非EU国としては2番目に緊密なパートナーです。そしてFP7の下での日本人研究者の共同プロジェクトの約75%が英国をパートナーとしています。
• 英国の大学のいくつかは日本にオフィスを持っていたり、日本と正式な提携関係を持っていること(例:オックスフォード大、University College London、ブリストル大、ヨーク大など)。日本のトップ大学は英国にヨーロッパオフィスを設けています。
• ブリティッシュカウンシルのローカルRENKEIネットワークが定期的に英国と日本の主要大学を一緒に集めていること。英国の学会(ロイヤルソサエティ、王立工学アカデミー、ロイヤルソサエティ オブ ケミストリー)は常連メンバーであり、多くがカタパルトです。

今後も日本の仲間と協力して、上級ネットワーキングや交流のための機会を増やしていけることをうれしく思います。これにより更につながりを広げていけるものと期待しています。

最後に

私は国民投票の前に、EU離脱により大学セクターが直面する最も大きな課題は、それがもたらす不確実性であると公言いたしました。その見方は変わっていません。しかし今はもうこの課題に立ち向かっていくしかありません。我々はこれから未知の海原に航路を書き込んでいかなければなりませんので、信念に忠実であるべきだと思っています。外に目を向け、グローバルなつながりを持ち、世界に扉を開く。それが私たちのベストな状態です。私たちは、この時代の大きくグローバルな課題に取り組むため、国際的なパートナーたちと共に歩み続け、役割を果たしていきたいと思っています。

未来は過去のようにはいきません。しかし私は、大学セクターがひとつになれば新たな課題にも充分立ち向かっていけるはずだと確信しています。これまでの歴史の中では、政治や科学、文化などの変化に合わせて我々自身も変わらなければなりませんでした。我々の大学の多くが現在経験しているよりもはるかに大きな変化に耐え、そして今よりはるかに長い間、不確実な時代を乗り越えてきたのです。ですから我々はこの変化に向けて勇気をもって立ち向かっていきます。それがいずれは核となる2つの使命―教育と研究において、英国大学の持続的な成功をもたらしてくれるのです。そうすることによって、EU離脱後もベストな形で私たちの国を支えていくことができるのです。

有難う御座いました。

(註: 本文中の「英国」とは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドを指す。)


(文責:秦由美子)

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